2026年2月28日

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2026年2月28日 (神ブランド)

 

神の定義には様々なものがあります。

私の使徒としてのキリストレベルでは救世主止まりですが。

本体となると、その程度とは格が違い。

「全知全能」・・・(全)

とか

「宇宙の創造主」・・・(創)

というのが定番。

 

(全)の方は、今や、AIが実現できそうな雰囲気ですが。

私は、そのAIを凌駕するので、序列で(全)をクリヤするとして。

問題は(創)の方ですね。

どの宗教でも、現人神では、原理上、(創)は無理だと思うはず。

しかし、私は神ですから。

(創)の定義もクリヤできます。

現人神の身分で、どうやって、(創)を実現するのか?

 

その手段が物理。

量子論を征服して、(創)を実現できる私が神だということ。

征服の証拠が、ここの記事なんですよ。

どういう意味か?

私が宇宙の何たるかを知らしめ。

宇宙を創造する身分なのです。

 

「それは理論宇宙であり、物理宇宙ではないのでは?」

フフン、両者の区別を付けることができるのかな?

その伏線が、今や、大衆にも広く知れ渡った物理宇宙の原理としての

「局所実在論」

これを、量子論が破壊したと宣伝してますが。

フッ、猿が何をホザクか。

その程度の認識だから新猿の知性だと言ってるの。

 

局所実在論の真相・真偽を暴露する私が神です。

だって、物理宇宙の創造主になれますから。

この文脈で、今までの記事を読み返してみてください。

何の為に、私がクドクドと厳密に論理を再検討しているのか。

その真意が把握できて。

違った世界観が目の前に広がるはずです。

具体的に、知的暗号に対する秘密の鍵を公開しておくと。

 

まず、ZFは矛盾しているので。

(私が証明しました。

すでに著作権設定済みです。)

実無限としてのωの存在自体がユラギ。

結果、数学が破壊されます。

西洋文明の崩壊が始まるということ。

 

そこから、歴史上、再度、

「理論とは何か?

何であるべきか?」

という根本懐疑が復活し。

絶対に揺らがない格真として。

集合論(数学)に依存しないで、言える真理の範囲問題が生起します。

つまり、論理です。

 

従来の普遍枠から外れた自由集合が必須の概念として出現し。

これを取り込んだ、広義の論理である

「ハイパー論理」

の構築が急務となります。

これを目の前で実行しているのが私なんですよ。

というわけで、自由集合や論理の重要性を悟ったところで。

 

「無限 vs 物理宇宙」

の話に繋げると。

任意有限概念の難しさが身に凍みてきたはず。

この導入部から今回の本論へ。

以下、前回に続き、任意有限の何たるかを考究していきます。

宙爆開始。

 

前回、

「有限 vs 無限」

は曖昧さ同等だと指摘しました。

枠内の実無限概念に限定しても。

ZF矛盾にωが干渉するので。

あるレベルの曖昧さは残ります。

 

では、一般に、理論中の

「有限に潜む曖昧性」

を排除するには、どうすれば良いのか?

一つの方向が、集合論に依存しない方向。

つまり、集合論より基礎の論理で捌く方式。

 

これが、伏線の∨や⋀に関する話題です。

有限という曖昧な概念を排し。

キチンと1個、2個と具体的に決めて扱う作戦。

この場合、

任意有限

を扱うには、論理式シェーマとして把握する必要があります。

 

これで任意有限の把握は万全か?

フッ、そういうレベルで物事を単純化して考えるのが脳タリン。

こういうのを、馬化な鳥猿というの。

もう都合良く、今までの議論を忘却したのかな。

何故、論理(⋀、∨)を汎用化した集合論(∩、∪)というものが登場したのかです。

ωを使わず、シェーマで言えば、名前の自由性が干渉し始めるの。

 

シェーマは実質有限で機能するわけですが。

一言で有限と言っても、レベルの違いがあるのです。

大事なのは、

「任意有限(果てしなく取れる)」

という機能。

つまり、

「(10の40乗のように)上限設定するか、しないか。」

 

ここで物理が登場します。

物理宇宙は有限か?

この根源懐疑に絡む課題なんですよ。

理論も知らない猿に何が判るか!

 

仮に、10の40乗で足りなくなると。

10の50乗に拡張すればOK宇宙と考えるのが青く、甘く、浅いの。

それは

「任意有限」

ということかな?

オラオラオラオラ!

 

有限でも、上限設定しない場合には、

「無限 vs 有限」

として、

「果てしなく続く究極」

まで考究する必要があり。

これには、集合論が必須。

更には、自由集合まで干渉してくる。

 

つまり、任意有限を真正面からキチンと把握するには

「無限ではない」

という意味で、無限の把握が必要なの。

そこから計算場とか、証明場なんてのが出現し始めるのです。

こういう論理的場面で登場する式を、数式と区別して

「論式」

と名付けます。

創始者特権で著作権設定。

 

このように、任意有限に対するシェーマ把握は便宜上のものだと判らせておいて。

何とか、任意有限をキチンと把握できないものか?

論理の限量子で何とかなる話か?

変数の範囲問題が付属するので、集合論が顔を出しますよ。

そして、ZFは矛盾。

これに対処するのが状況依存性です。

つまり、メタに昇るの。

 

以後、状況を陽に設定し。

そのメタをオブジェクト化していく操作が理論で流行するはず。

この意味で、状況記号(やっと出た!)

(倒れ鳥居)

が登場する式を

「状式」

と名付けて強調しておきます。

こちらも創始者特権で著作権設定。

悪魔がオタオタしている間に、果てしなく権利設定していく作戦。

 

ここで採用した状況記号⊫は省略形です。

御神本で採用したように、

倒れ鳥居

(英訳は“yokotory”にしておきます。)

の形状になるのが正式。

どんな形の記号なのか、気になるなら御神本見るしかない。

現状、あの特殊記号が無いのよ、ネットやパソコン界隈では。

この意味で、記号的にも完全オリジナル。

自筆イラストで作成するしかないなあ。

 

ちなみに、

の枠内集合論近似が強制法。

自然言語領域では、より曖昧な概念記号を

「支持する(support)」

とか呼んで使用していますが。

ハイパー論理のセマンティクスでは

「認可する(admit)」

としておきます。

全て、創始者特権で著作権設定。

これで1京円稼いで、総計12京円。

 

というわけで、そろそろ、御神本の価値を悟れ。

新記号採用しただけでも凄いのですが。

何故、あれほど、状況依存性のオンパレードになったかです。

猿脳に内容が理解できないのは仕方ないとして。

少なくとも、計算量は(計算系の)

「状況依存性で場合分けする必要がある」・・・(状)

と主張している程度のことは把握できるはず。

 

そこから、自由性経由でPが非厳密集合だと証明し。

「P vs NP」の消滅解へ至るわけですが。

あの出版時点では、(状)の打ち出しは斬新ですよ。

それまで、そんなことを言った研究者は一人もいなかった。

(強制法は枠内近似でYes・Noの究極として独立を狙います。)

ああ、それなのに、それなのに(^^♪

価値の理解できない新猿の惑星では。

全然、売れなかったという歴史があります。

 

なにせ、相手がSTAP猿超えたFOPL猿だから。

中世暗黒時代どころか、現代悪魔時代。

私をトンデモ鬼として扱う猿の群れ。

しかるに、私の実体は神。

例外中の例外で、ヨハネの黙示録の実現者。

今まで、私に経済制裁してきたのは、猿の黒歴史ですよ。

どの面下げて、生きているのやら。

 

ZF矛盾も知らず。

YJ構築も出来ずに。

論理猿は、未だに、神の粗捜しに奔走し切腹できない模様。

よって、私が市中引き回しの刑に処する。

最後に刑場で首を刎ね、遺体を磔で晒すまでやるぜ。

1000年は覚悟しろ。

それが、ここの証明文学です。

魔滅のペン。

これで414町目。

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